【神社参拝】多賀大社:伊邪那岐命(いざなぎのみこと)神話1 神様も愛別離苦で苦しんだ。

イザナギ(伊弉諾/伊邪那岐/伊耶那岐)は
日本神話に登場する神さまです


イザナギの人物(神)像



家族構成



妻 イザナミ
娘 アマテラスオオミカミ
息子 ツクヨミノミコト(性別不詳)
息子 スサノオノミコト
その他、たくさん子供がいます


妻神のイザナミは
火の神カグツチを生んでから
体に大やけどを負い、亡くなってしまいます


妻の死を嘆き悲しんだイザナギは
イザナギの死の原因ともなった火の神の首を切り落とし
殺してしまいます




いう事を聞かずに、泣きわめく
息子:スサノオも勘当していたりするので
どちらかというと、直情型の男神のようです




そんなイザナギですが
奥様のイザナミのことを大変愛していました


どれくらい愛していたかというと
イザナミが死んだあと、会いたくて会いたくて


黄泉の国まで会いに行っちゃうくらい、愛していました


イザナギ・イザナミの神話 黄泉行き



イザナギは、死んだイザナミに逢いたい気持ちを捨てきれず
黄泉国(よみのくに)まで逢いに行きました


そこでお約束なのですが
「決して覗いてはいけない」というイザナミとの約束を破って
そっと、中をのぞいてしまうのです(;^ω^)


イザナギが見てしまったのは
腐敗して蛆にたかられ
八雷神(やくさのいかづちがみ)に囲まれたイザナミの姿でした


まあ・・・お亡くなりになって
しばらくたっている人ですから
当然と言えば当然なのですが・・・


約束をや部言っておきながら、勝手にのぞいて
その姿を恐れたイザナギは


地上へ向かって逃げ出してしまいます


追いかけてくる八雷神
何とか振り払うも、次は黄泉醜女(よもつしこめ)が追いかけてきます


髪飾りから生まれた葡萄
櫛から生まれた筍
黄泉の境に生えていた桃の木の実を投げながら難を振り切りました


イザナギは、黄泉国と地上との境である
黄泉比良坂(よもつひらさか)の地上側出口を大岩で塞ぎ
イザナミと完全に決別します


岩の向こうからイザナミが
「お前の国の人間を1日1000人殺してやる」と言うと


イザナギは「それならば私は産屋を建て、
1日1500の子を産ませよう」と言い返しました


その後、イザナギが黄泉国の穢れを落とすために
「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原(檍原)」で禊を行なうと
様々な神が生まれました


そして、最後に・・・
左眼からアマテラス(天照大神)
右眼からツクヨミ(月夜見尊月読命)
鼻からスサノオ(建素戔嗚尊速)


の三貴子が生まれました


イザナギは三貴子にそれぞれ高天原・夜・海原の統治を任せました


愛別離苦を乗りえたイザナギ



日本神話に出てくる神様たちが
何だか身近に感じるのは


この神話にも見れるように
神様たちにも、感情があり、悩みがあり
悲しみを感じながらも


それでも、一歩前へ前へと
進む姿を見せてくれるからだと思います


愛するイザナミに先立たれ
悲しみに暮れ、毎日イザナミの面影を追って生きていたイザナギ


でも、いくら追いかけてももうイザナミは戻ってこない
過去の人だったことを、これでもかと思い知らされます


もう過去に目を向けるのはやめて
ちゃんと、「今」を生きようと決意したイザナギは
過去の心の傷を洗い流すために
禊したのです


そうやって、「今」にちゃんと目を向けたからこそ
現実が動き出しました
それが、「三貴子」の誕生で表現されています


イザナギ同様、つらい経験をした人ほど
その時のことを思い出しては


なんで、こうなってしまったんだろう・・・

あの時どうしていたら良かったんだろう・・・

何とかあの時の状況に戻りたい・・・


と、過去に想いを馳せてしまいがちです
でも、それをやっているうちは
意識がずっと過去に向かっていて


今現在、自分の目の前にいる人や物事を
ちゃんと見ていません


ずっと、過去の妄想にふけり
心は過去に置いてきているので
「心ここにあらず」の状態です


「心」が今にいない
「心」が過去にいる状態では


「今」を生きているとは言えません
確かにつらいのですが、それでもなお
自分のつらさや悲しさに打ち勝って


他者のために、大義のために生きなければ
自分も、周りも不幸になってしまうのです


大義のために生きることが、自分を成長させる



自分のことばかり考える

自分の感情のままに生きる

自分の好き嫌いを最優先させる

自分のペースで物事を進めていく


そういう生き方では
つらいときは、その感傷に浸りっぱなし


苦しいときも、自分の殻にこもってしまって
その殻にこもってしまっているうちに
殻がどんどん厚くなって
いつの間にか、その殻から抜け出せない状態になってしまう


それだと、一生を
悲しみの中で
苦しみから抜け出せずに
もがきながら生きていくことになってしまいます


そこから抜け出す唯一の手段が
大義のために生きる
役割を全うして生きる
他者貢献して生きる


という事なんですが、わかっちゃいるけど
それができない・・・というのが
心の弱い、私たち人間です


でも、イザナギをはじめとした神様たちも
同じく、心の弱さを持っていますが
もがきながら、ふがいなさを感じながら
それでも、その苦しみから抜け出すための一歩踏み出しています


だからこそ、神話として後世に残り
神様として、その生きざまが語り継がれ
神社でまつられるのです


イザナギノミコトと多賀大社でお茶をする



そんなイザナギは晩年を多賀大社で過ごしたそうです
多賀大社の門前町は


古い町並みが残っており
お土産屋さんが並びます


多賀の土産として有名なお菓子が
「糸切餅」です


糸切り餅の歴史は古く、なんと約700年前の
「蒙古襲来」にまでさかのぼるのだそうです


二度にわたる襲来に耐え忍んで戦い、蒙古軍は撤退
取り戻した平和を祝福し、人々は神社仏閣へお供え物をしました


多賀大社へのお供え物の中に、蒙古軍旗を
模した青と赤の三本線のお餅があり


それが弓の弦で切られたものであったため
糸切餅と呼ばれるようになりました


・・・というのが、一般的な「糸切餅」の説明ですが
それもそうなのかもしれませんが
でも、そもそも、お供え物の時点で
そのお餅があったという事は


もっと、深い意味を持って
誰かがお供えしたものが、銘菓として広まり
蒙古襲来に起源があると言ってるだけじゃないのかと・・・


というのも、この糸切り餅の三本の線は
日本古来の楽器「三絃琴」に由来するのではないかと思います


三絃琴「葛垣打琴(かだがきうちのこと)」は
古事記以前の日本神話「ホツマツタエ」に出てくるのですが
このことは、イザナギが作ったと言われています


魔物を払う神器として
夫婦和合の象徴として
言霊の秘密を持つ楽器として


神代から使われていた
イザナギの琴が、起源ではないのかな?と


多賀大社に行った時には
ぜひ、お土産に「糸切餅」を買って
お家でおいしいお茶といただきたいですね


滋賀県おかしなので
お茶は朝宮茶がおすすめです
イザナギとイザナミの神話に想いを馳せながら


自分も、過去に浸るのではなく
新たな一歩を踏み出すエネルギーをいただくイメージで
お茶タイムを過ごしてはいかがでしょう?


多賀大社HP


滋賀県犬上郡多賀町多賀604番地
0749-48-1101
近江鉄道「多賀大社前」駅下車 徒歩10分

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