神社とお寺の違い、神様と仏様の違い。

こんにちは


茶肆ゆにわのこがみのりです
今日は、おいしいお茶と神社参拝の関係性などを
お伝えしていきます( *´艸`)


神様ってなに?



神社参拝と聞いて、何を思い浮かべられるでしょうか?
日本は八百万の神々が幸はう国です


古事記や日本書紀を見ても、
たくさんの神様たちが
悲喜こもごも・・・


まるで昼ドラのような人間関係(神様関係?)を、繰り広げています(笑)


あまりにも人間的な失敗をするので
小さいころ、古事記を読んだときに


「これがほんとに神様なのか?」と、若干あきれました(笑)


それは、ギリシャ神話の神様たちにも
北欧神話の神様たちにも、同様の思いを抱いていました


特に、ギリシャ神話のゼウスに対しては


この浮気性のどこか、神様なのか?と、
やや憤りに近いものを感じていたのも
懐かしい話です(笑)



神様は完璧な存在ではない?



小さいころの私には、
一神教の神=絶対神・唯一神のような
絶対無二の力を持った存在が「神さま」だと思っていたので


多神教の神様たちの奔放な生き方を見て


疑問を感じたのは、当然と言えば当然の話かもしれません(笑)
大人になり、北極老人に出会ったと第一声で、まず質問したのは


「神様って本当にいるの?」でした(笑)


いるなら、なんであんな無茶苦茶なことするのに、神様として
存在しているのか(失礼な話ですね(笑))


絶対神は多神教の神様より上位概念なの?


だとしたら、一神教は複数あるから
どの一神教の神様が一番上か?


仏教と神道、この二つをどうたらえたらいいのか?


など、小さいころからの疑問を「えーぃ!」と、ぶつけました(笑)
こんな支離滅裂な私の質問に
北極老人は丁寧に答えてくれました


この時のお話はここで話すと、長くなりすぎるので
また別の機会にお話ししますね♪


日本古来の信仰の形「古神道」とは?



もともと日本の神道は「古神道」でした
山や岩、川や樹木など、自然そのものが神様です


山の神 大山祇神(おおやまづみのかみ)

野の神 鹿屋野比売神(かやのひめのかみ)

火の神 火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)

海の神 綿津見神(わたつみのかみ)

太陽の神 天照大神(あまてらすおおみかみ)


など、自然のすべてにご神名がついていて
それそのものが神様でした
(過去形ですが、今も変わらずです)


権力者によって歪められた信仰



古代の日本人は、自然の理の中に
大いなる力(神)を感じ、自然とともに生きていました


が・・・飛鳥時代あたりから、その様相も一変します
仏教が伝来したのです


いや、正確に言うと、もうとっくに仏教は伝わっていました
キリスト教ですら、伝わっていました


権力者が、国を治めるための政治に
仏教を利用し始めたのです


人心を一つにまとめるために


人は弱い生き物です
一度、わかりやすくすがれるものを提示されると
そこに、安住したくなるものです


神道に明確な教えはありません
経典もありません
こうしろああしろという決まりもありません


神様にすがろうと思っても
山川草木が神・・・
すがりようがありません(;´∀`)


常に、自分の心次第
信仰心次第・・・


それに対して、仏教は
いつ行っても仏様がいるお寺がある


ホトケの言葉を通訳して、教えてくれるお坊さんがいる
分かりやすい形(仏像)がある


これは正しいことです

これは悪しきことです

これをやると救われます

これをやると地獄行きです


など、常に救いの手を差し伸べてくれるのが、仏教です
※仏教をディスってるのではありません
私自身、仏女と呼ばれるほど、仏像ラブですから( *´艸`)


これは、抽象度の問題です


古神道、大自然を神とすると
人は心折れそうなときに、すがるものがわかりにくい


何に対し祈ればいいのか?
どこにすがればいいのか?


山川草木、万象すべてが神と言われても
分かりにくい・・・故に、すがりにくい(-_-;)


仏教は、わかりやすい


迷ったら、お寺に行けばいい
人間と同じ姿をした仏様がいるので
ほしい功徳を持った仏様に祈ればいい(すがればいい)


ね♪
すがる場所と対象が用意されているから
すごくわかりやすいし


自分の苦しみの原因は「因果応報」だと
丁寧に説明してくれる経典と
教えてくれるお坊さんもいて


お墓も作って、死んだ後の
アフターフォローもばっちりです(*’ω’*)


だから、権力者からすると

「これは、利用できる!!(=゚ω゚)ノ」

となってしまうのです(;´∀`)


お釈迦様が悪いのではありません
お釈迦様は無神論者ではありません


宗教にしても、道具にしても
その教えを体系化しようとしたり、広げようとしたりした時に
たいてい本道からずれ始めます


ずれるというか・・・
時代や文化が違えば、必然的に「教え」のあり方も
それに合わせて形を変えていくものなのでしょう



仏教に対抗して生まれた神社神道



これは、すべての宗教・哲学・道において言えることで
使う人間次第の悲しい現実でもあるのです


で、権力者たちが政治に仏教を利用し始め
日本各国にお寺を建て始めます


日本国民がどんどん仏教に傾倒していきます
お寺を立てる際に、もともとそこにいた土着の神様も
排除されていきます
(火の鳥:太陽編を見ていただけたら、わかりやすいかと)


そうやって、古神道を守る側の人間も立場を追いやられていきます


これはいかん!!と
古神道側の人たちも焦り始めます


そして、生まれたのが「神社神道」です


神様たちの意向はおいといて・・・
人が道に迷ったときに
神様を訪ねてこれる場所を作ったのです(=゚ω゚)ノ


つまり、神社とは・・・
人間の都合によって作られたのではありますが
「神様に会いに行ける場所」なのです


本当は、日本は八百万の神々が幸はう国なので
神様は、そこかしこ、いたるところにいるので
わざわざ神社に行かなくとも、今この瞬間も目の前に神はいるのですが・・・(=゚ω゚)ノ


こうして、日本には、仏教と神道という
二つの宗教が並び立つようになったのです


二つどころか
世界中の宗教が集まってきているような気がします


言ってしまえば、仏教の仏さまも

キリスト教の神様も、天使も

イスラム教の神様も、天使も

ヒンズー教の神様も

ミトラ教の神様も


ぜーんぶ、日本に来た時点て
八百万の神様たちのうちの一柱・・・なんですよ(笑)


違いがあるとすれば、出身地くらいでしょうか


天照大神は日本出身

お釈迦様はインド出身

イエスキリストは現在のイスラエル


という感じで、今はみんなで
仲良くやってますよ♪という感じです(笑)


ほかの国では考えられないくらい、カオスな状態ですが
これが、日本の神様事情なのです


と、あまりこのことについて語りだすと止まらないので
この続きはまた次回♪


それでは、今日も良いお茶タイムを(=゚ω゚)ノ

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

茶肆ゆにわのメールマガジンが届くコミュニティサイト
ご登録はコチラから!!
↓  ↓  ↓
「おちゃ部!!」

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

お茶は昔から人の「覚醒」や「幸せ」のために使われてきました

自分の人生に悩んだときは お茶に聞いてみてください

きっと、今よりももっと輝ける自分 大切な人との未来が開けます( *´艸`)

 

たかがお茶

されどお茶

お茶は人生を変える不思議な飲み物です♪

 

『 神様に愛される 一杯の「お茶」習慣 』

茶人 こがみのり / 自由国民社

 

Amazonで購入


 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です